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左は「ポポ」、中は「ハイビスカス」、右は「黒い犬」

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病院から、「まだ、いても、いいよ」と言われていましたが、怱怱(そうそう)として家に帰って4ケ月目(発病してから1年目の頃)で、何も出来ないくせに、何とか社会復帰を果たそうと、もがいていた頃の話です。
病気になる前に、「話し方教室」に通っていました。
そのとき、「三分間スピーチ」を習いましたが、病気になってみて、三分間スピーチが失語症のリハビリに役に立つとは思いもよりませんでした。
発病した後遺症として、利き手と言葉を失いました。
私の利き腕は、右手でした。利き腕を左手にするのは、訓練しか解決できません。そのことは、後で話をすることにしましょう。

それよりも、大変なのは、人に話をすることなのです。
舌が回らないので、女房でも聞きづらいのに、失語症について何も知らない普通の人に、話を聞かせようとするには、重大な決心がいるのです。
それに、自分ではわかっているのですが、文を作るということは、どうやればいいのやら、頭の中は堂々巡りのなかに入り込んでしまうのです。
パソコンに向かって何度も入力し、何度も繰り返して、言葉を出して練習しました。
それを、やろうとしました「三分間スピーチ」用の作品です。
私は右手、右足がマヒです。
その上、言葉が片言です。
そこで、少しでもマヒが直るように、毎日リハビリに精を出しています。
マットなどで行う柔軟体操は、自分でやれるんですが、散歩とか、入浴とかは、どうしても女房の手を借りなければなりません。
ことに、散歩が大変です。
女房は、私と子供の三人連れで出かけなければなりません。
エッ! 私には、子供がいないのでは・・・と云うでしょう。
その通り。
私の子供は、ポポと云う犬です。
ポポは、ポメラニアンで、2キロしかない小型犬で、部屋で飼っています。
散歩の時、女房はポポを連れ、私の後ろを歩き、私が何か体をよろけるようなことがあったら、支えようと云うことになっているのですから、大変です。
いわば、私は、用心棒を従えているような感じがするのです。

散歩コースは、いつも決まっていました。
この間、散歩のとき、こんなことがありました。
天気は快晴、散歩は快調。
決まりコースにある家の、いや、ずうずうしい子がいる家の近くまで行くと、いつも、あの女の子がいるのです。
それに、あの子は、中型で真っ黒い犬を飼っているのです。
あの子には、こんなことがありました。
普通、子ども達は、ぬいぐるみのような小さな犬を見ると、「可愛いナ!」とか、「触りたいナ!」とか、「飼ってみたいナ!」とか云って、触っていくのですが、あの子は、ズウズウしく、何も云わずに私のポポを、抱いて持ち帰ろうとするのです。
あの子には、自分の犬がいると云うのに・・・。
あの子の家の前に近づくと、あの子が、案の定、いるのです。
何か予感が、感じられました。
急いで、通り過ぎようとしました。
が、いつも、私の後ろを歩いている女房がポポを抱いて、いつの間にか私の前を歩いているのです。
危険を感じました。
後ろを振り向いたら、犬が子どもの手から鎖ごと飛び出して、私に飛びかかろうとしているのです。
私は、右手右足がマヒなのです。
左足と左手の杖で立っているのです。
犬が! 犬が、飛びかかろうとしているんです。
女房を背にして、夢中で、「このやろう! 向こうに、いけ! このやろう!・・・」
あの子が、やっと捕まえました。
「犬を、放すんっじゃないよ!」
あの子の母親が、家の中から見ているのが見えます。
「本当に、親の顔を見たいよ!」
 
汗がタラタラと出てくるので、立ち止まって汗を拭いていると、女房が、マタ、ポポを抱いて私の前に来ているのです。
ヒャーとして、後ろを振り向くと、あの犬がウロウロしています。
「このやろう! 向こうに、行っちゃえ!」
また、汗がタラタラと出てきます。

女房に云ってやりました。
「用心棒は、誰だ!」


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最終更新日: 1998/08/07