失語症記念館
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第1回 神経心理学

神戸大学医学部保健学科
 関 啓子

2004年11月:

 私は神戸にある大学で「神経心理学」という講義を担当しています。人間の脳が通常どのように機能しているか,その一部が損なわれたときどのような症状が出るのか,そしてその機能回復のすばらしさやそれを手助けする方法について話します。脳卒中や外傷などによって脳にダメージを受けると,失語をはじめ失行,失認,記憶障害,知的機能の低下など非常にたくさんの問題が出てきます。突然の発症によって,これまで苦もなくできていたことがむずかしくなるという意味ではどの症状も同じように重大で深刻ですが,中でも失語症はご本人にとっても周囲の方にとっても非常に大きな問題だと思います。なぜなら,失語症は言語機能の全側面を障害し病前の状態に戻ることがなかなか難しいうえに,このような障害が外から見えにくくまた理解しにくいこと,さらにはご本人が自分の状態を言葉で説明するのが難しいことなどいくつもの問題点が重なるからです。
  私はこの症状を正しく理解することは,失語症者やご家族,言語聴覚士などのような失語症に直接関係する人だけでなく,理学療法士や作業療法士などのリハビリテーションスタッフや看護スタッフにとってとても重要だと考えています。ですから,大学では将来リハビリテーションや看護の専門家になる学生たちに,失語症に関する話をすることにできるだけ多くの時間を割いています。また,失語症のことを知らない一般の人にも理解してもらいたい一心で,昨年小さな本を出版し(「失語症を解く 言語聴覚士が語ることばと脳の不思議 人文書院),各地で講演活動をしてきました。

  失語症の講義の冒頭で,私は「失語症は程度の差はあるものの『話す』,『聞く』,『書く』,『読む』のどの側面でも困難がある」ことなど概略を説明したうえで,学生たちに失語症の擬似的な体験をしてもらいます。学生たちは二人一組になり,一人が重い失語症の患者さんになったつもりで自分の状況や考えや希望などを相手に伝え,もう一人はその内容を理解するために様々な工夫をするという,一種のロールプレイです。一定の時間が経ったら話し手と聞き手の役割を交替して,もう一度やってみます。終了後には,コミュニケーションの方法だけでなく,話し手や聞き手になってどう感じたかについても確認します。このような体験学習は,最近盛んになってきた一般の方を対象とした失語症会話パートナーの養成講座でも取り入れられていますが,この方法を通して学生たちは講義では見落としている重要なポイントに気づくことができます。

  失語症会話パートナーの養成講座を続けてきた言語聴覚士の報告では,失語症についてある程度知識を持った人たちでも,失語症への理解は完全とは言えず,講習会の参加後に理解が深まったそうです。講習会前には「言葉が出てこない時は,50音表の文字盤を指差してもらえばいい」,「何度も聞き返すと傷つくので,わからなくても聞き返さず推測するとよい」,「漢字は複雑でわかりにくいので,ひらがなで書いてあげるとよい」,「身振りや絵を使わず,できるだけ言葉を使うように励ますとよい」などのような誤解が参加者の半数程度にみられたのですが,受講後にはほぼ全員が自分たちの誤解に気づいたそうです(小林久子「失語症会話パートナーの養成」コミュニケーション障害学21:35-40, 2004)。私の学生たちも,同じような誤解や困惑をみせます。失語症は言葉を発する際の発音の問題とは違い言葉自体が思い出せないのだということに思い至らなかったり,理解障害があることを忘れて長く複雑な文章で質問しそれに返答しても問題を感じなかったり,言語以外のコミュニケーション手段を思いつけなかったりします。また,意図した内容が相手に通じないときどれほどもどかしい気持ちや焦りを感じたか,また相手の言うことがわからないとき相手や自分に対しどんな罪悪感や絶望感を抱いたかを経験して初めて,失語症の問題点が理解できるようになります。失語症は外国に旅行して言葉が通じない状態にたとえられたりしますが,実際はそれ以上のものであることを学生たちは実感するようです。

  私が言語聴覚士になって23年になります。研究所や大学での研究と教育が長いのですが、病院での臨床活動はこの間一貫して続けており、患者さんからたくさんのことを学んできました。これらの経験を基に,このコーナーで私なりの視点から情報を発信していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

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最終更新日:2004/11/27