失語症記念館
南イタリアの旅

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38.イカリングまゆみ

2003年 1月:

 ホテルに戻って、わずかな望みを託しフロントに出向く。
「使い捨ての安いカメラなんですが、バスの中で落としちゃったみたいなの?出てくるってことあるかしら?」
「それは災難だったね。でも諦めた方がいいでしょう。」たったそれだけで話は終わってしまった。
 でも気持ちが収まらない。怒るの現在進行形、それをまゆみはイカリングと呼ぶ。まさにイカリング!でも誰にイカリングなのかは定かではない。相手が不明なイカリングほど、悲しく切ないものはない。
「私はバーに行って書き物をしてくるよ。」
「うん、行ってらっしゃい。」
一緒にいると彼に意地悪をしてしまいそうなので、ノートとペンを持って1人バーに出向く。飲み過ぎるとまずいかなと思い、グラスワインを頼もうとすればボトルしかないという。仕方がないのでハーフボトルの赤を頼み、ボトルの半分も開ける頃には腹立ちもおさまり諦めもついてきた。このオレンジ畑の夕陽も今日でおしまいだ。明日は早朝の出発だもの。
 ほろ酔い加減で部屋に戻るとしっかり者の夫は自分の荷物をせっせとまとめている。クリーニングがまだ戻っていないと言う。フロントに掛け合うと明日の朝6時半に持ってくると言う。ああ、あてにならない、絶対あてにならない、信用できない。私達は明日の朝6時45分にタクシーでここを出るのに。
 少しずつおさまっていたイカリングが又湧き上がってきた。
 明日が早いので、夕食はホテルでとることになった。しかし、まめのスープ以外はまずい。それにアンティパストになぜグレープフルーツジュースがあるのか。名前もカラベルなんてドイツっぽいし、お客もドイツ人が多いこのホテル、・・・オレンジ畑は素敵だったけれど、食事はスカだった。それに夫は「ゆっくりしよう、ゆっくりしよう。」と言うけれど、毎日毎日、てくてくてくてく歩き続けだ。全然優雅なんて言う言葉からはほど遠い。そりゃあ、いろんなものが見られて嬉しいけれど、少しぼーっとする時間も欲しい・・・。食事が終わると案の定疲れ切って荷物の整理もせず眠ってしまったまゆみ。やっぱり出発の朝の準備となるのであった。
 4月30日(月)朝5時起床。シャワーを浴び、荷物をまとめ6時45分、ホテルをタクシーで出発。予定通り、クリーニングは届かず。どうせ夫のおパンツが大半なのだ。諦めよう。それなのに夫は諦めない。フロントにヴェネツィアとミラノで泊まるホテルの連絡先をしっかりと伝え、ここに送ってくれと何度も念を押した。
 早めにソレント駅に着いたので予定より1本早い周遊鉄道に乗ってナポリまで出た。ナポリで時間があるのでそこで朝食をと思っていたらいつの間にか夫はまずいサンドイッチを仕入れてきている。食べ物の仕入れだけはやけに早い男だ。
 さあ、気持ちを入れ替えてヴェネツィアを目指そう。それなのにやっと乗ったユーロスターは1等乗車券を持っているにもかかわらず、パレルモで取ってあった指定券は2等!あのパレルモの駅の受付のおばちゃんの顔が甦ってきた。
先に指定券の方を女性乗務員に見せたので、
「ここは1等車だから、2等へ行け」と冷たい仕打ちを受けてしまった。ちょうどその時、1等のサービスが来た。おしぼりと飲み物そしてクッキーなどが配られる。
「飲み物は何にしますか?」
「この人達は1等の客じゃないから必要ないよ。」そう言いながら私達を一瞥した彼女の目をたぶん一生忘れることはないだろう。
「切符はあるんです。」
「じゃあ、見せてみなさいよ。」完全にバカにした目つきだ。
「駅で間違ったの。1等の切符はあるんです。」きつい顔をしてこっちを見ている。夫が鞄から出した2人分の1等ユーレールパスを手渡した。そのとたん、急ににっこりして
「マダーム、何か飲み物は?」
「ノーグラッツィエ!」涙が出そうになった。
「僕はカフェを!」さすが夫だ。彼の方がずっと割り切っている。ニコニコしながらクッキーまで頬張っている。私にはこのような態度の急変についていけない。いたく傷ついてしまった。カフェでビールを飲んで気を取り直す。車窓にはだんだんブドウ畑が増えてきた。ユーロスターの乗り心地はとっても良かった。・・・もしかして・・・ふと残りの切符を取り出してみた。やっぱり!ヴェネツィアからミラノ行きの切符もやっぱり2等で取ってあった。『あのおばちゃん・・・』まゆみ、超イカリング・・・ドッカーーーーンッ!!!

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最終更新日: 2003/01/04