失語症記念館
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第2回  失語症者と歌

神戸大学医学部保健学科
 関 啓子

2004年12月:

 12月に入ると神戸のまちは光と色にあふれ,一気にクリスマスの雰囲気が盛り上がっています。ハーバーランドや三宮にはきれいに飾り付けられたクリスマスツリーが登場し,また,13日からは阪神・淡路大震災の犠牲者の追悼と復興への希望を込めたルミナリエというイルミネーションのイベントが始まります。
 キリスト教国では,クリスマスまでの4週間はアドベント(待降節)という特別な期間とされています。アドベントの最初の日に,4本立てたキャンドルの最初の1本に火をともします。翌週は2本目のキャンドルにも火をともし,こうして4本全部に明かりがついたらクリスマスが来るのです。キャンドルの光を静かに見つめながらクリスマスを待つ時間は,慌ただしい毎日の中で見失いがちな自分を見つめ直す貴重な時だと感じます。

 クリスマスに欠かせないのが,クリスマスソングです。「ジングルベル」や「きよしこの夜」などは,おそらく多くの人にとって一度は歌ったり聞いたりしたことのある歌ではないでしょうか。この時期,鈴の音とともに,こうしたクリスマスソングが言語室から聞こえてくることも珍しくありません。
 重度の失語症者でも歌が歌えるという報告は古くからみられます。普通の会話ではほとんど言葉らしい言葉が出ないのに,歌を歌う時には歌詞を明瞭に歌うことができる全失語の患者さんに接すると,大変不思議な気がします。言語聴覚士としては,何とかして歌を利用して言葉が言えないものだろうかと考えるのは,ごく当然のことです。歌を言語表出に利用しようという試みはこれまでも数多くなされてきましたが,その多くは失敗に終わりました。それぞれを個別に練習するだけでは,「歌を歌うこと」と「言葉を話すこと」との間を埋めることができなかったためだと思われます。

  しかし,先人たちの様々な苦労の末に,メロディック・イントネーション・セラピー(MIT)という画期的な方法が考案されました。1973年には,うまく話せなくて苦労していたブローカ失語の患者さんが,かなり楽に話すことができるようになったという,MITの効果を示した最初の報告が出されたのです (Albert, Sparks, Helms: Melodic Intonation Therapy for aphasia. Archives of Neurology 29: 130-131)。
 その10年後,私は日本語の特質を考慮して原版を改良し,MIT日本語版を作成しました。これを実際に患者さんと一緒にやってみたところ,患者さんの話し方の流暢性が高まり,英語版と同様の効果が確認されました(関 啓子,杉下守弘:メロディック・イントネーション療法によって改善のみられたBroca失語の一例,脳と神経35:1031-1037)。私はこの報告をした後も,それが最適と思われた方のリハビリテーションプログラムにはMITを取り入れてきました。そして,そのうちの何人かは,以前よりうまく話せるようになったと大変喜んでくださいました。
  もちろん,MITはすべての失語症の方に有効なわけではありません。MITは話し方に対するアプローチですから,主に発話面に困難があるタイプの失語に有効な方法です。また,歌を利用する方法ですから,上手下手は関係ないにしても好き嫌いによって効果は変わるかもしれません。しかし,少なくともあるタイプの失語症に効果があることが証明されていますから,MITは発話の流暢性改善のための一つの技法と考えてよさそうです。

  MITを簡単に説明しましょう。まず言いたい語句や文章を決め,それが持つメロディーとリズムに注目します。メロディーとはアクセントの流れのことです。たとえば,橋と箸はどちらも「は」と「し」という音でできた単語ですが,「は」を「し」より高く言うか低く言うかで2つの単語を区別することができます。日本語が持つこうした高低2種類のアクセントを強調して句や文章を言うと,メロディーとも言えるような高低の音の流れが作れます。また,日本語はどの音も同じ長さで発音され,全体として4拍子を構成する傾向があります。音楽的な表現をすると,1小節の中の音符の長さは全部同じということです。こうして,先に作っておいたメロディーに手拍子をつけ,4拍子のリズムで言うのがMIT日本語版の基本的な音楽パターンです。これを最初はまるで歌を歌うように言うことから始め,段階を経て次第に普通の話し方に戻していくのです。

  なぜMITが有効なのかについては異論がありますが,右半球機能が関与しているという説明は納得できるひとつの解釈です。最近は血流や代謝という観点から脳の機能を画像的に表現できるようになっており,この方法を用いてMIT(あるいはその構成要素)と右半球の関係を示唆した研究がいくつかみられます。
 メカニズムはさておき,MITのおかげでなめらかに話せるようになった方々が大変喜んで,ご自分から日常生活でもMITを使おうとされているのを見るのは大変うれしいものです。自発的に使わない限り,どんなにいい方法でもそれは言語室の中だけのものになってしまうからです。しかし,効果的な方法を言語室から日常生活に持ち込むことは,実はかなりむずかしいこともまた事実です。この間をどのようにして埋めていくのかがご本人と言語聴覚士のひとつの課題と言えるでしょう。

  

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最終更新日: 2004/12/13