失語症記念館
南イタリアの旅

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8.カタコンベ一人旅

2002年 4月:

 8000体のミイラの中に独りぼっちの私。ちょっと淋しい気持ちになったが、せっかく来たことだし、もう少し散策をすることに。でも心なしか足早になっていたかも。

 私はお化け屋敷というものがとても苦手だ。なぜなら絶対に変なものが飛び出してきたりするし、その存在自体が人を驚かそうという魂胆の上に成り立っているから。
 随分前に遊園地のお化け屋敷に妹に無理矢理連れ込まれ、途中で発狂寸前になり、お化け役の人に手を引かれ、泣きながら近道を通って出してもらったことがあった。途中でも変な光や生首に驚かされ何度そのお化け役の人にしがみついたことか。「あなたのような人はもう、こういうところへは入らない方がいいよ。」とその親切なお化けさんが言った。「はい。」それ以来1度も入っていない。あの時の彼はどうしているのだろう。まさか、今もお化け役とは思えないし。あの時は助けて下すってありがとう!たぶんお礼も言ってなかったのじゃないかと思う。

 しかし、ミイラはお化けではないので動くこともないし、人を脅かしたりしない。だって同じ人間だったその抜け殻だもの。もし自分の大切な人が死んで、ミイラになったらやっぱり会いに来るのだと思う。会いたいときに実体が残っているのも少し嬉しいような気がする。変な解釈であるがこれがまゆみ流。てくてくてくてくとミイラ巡り。
 でもやっぱり独りぼっちは淋しい。だんだん体が冷えてきたのも手伝って、足の運びも早くなる。それに古いミイラの下にはたぶん朽ち果ててきて落ちたのであろう体の一部だったと思われる粉のようなものが結構積もっていたりする。深呼吸をしたりしたら吸い込んでしまうなあと思うとちょっと息苦しくもなる。うちの夫・・・こんなところに私を置いてきぼりにするなんて、ひどい男だ。ふぅぅぅ。
 そろそろ出口に光が見え始めた頃、私が是非会いたいと思っていたロザリアちゃんの小さな棺があった。綱が張ってあり棺の近くまでは行けないが、十分よく見える。
彼女は1920年に特殊な加工を施され剥製化されたというが本当に眠っているように見える。なんだか綺麗なお人形を見ている感じ。彼女のお母さんはどんな気持ちで彼女に会いに来ていたのだろうか。最初のうちはいつでも生前のままの姿で会えるから、少しは嬉しいのかもしれないが、いつまでたっても大きくならずその愛らしい顔で眠っているのを見るのは親としてはどうなのだろう。・・・わからない。

   外に出ると目がちかちかするほど太陽が輝いていた。夫は安っぽい絵葉書を売っているちっぽけな売店の前でうろうろしている。
「遅かったじゃない。何してたの?」
「何してたってカタコンベの中を見て歩いてたんじゃないの。ひどいじゃない。あんな所に私を独りぼっちにして置いてっちゃうんだから。」
「気味悪いよ。あんな所。人も全然いないし。」
「だからって、普通置いていく?」ぶつぶつ言いながら待たせて置いたタクシーに乗り込んだ。
「マダム、この近くにもあと少しカタコンベがあるよ。」
「カタコンベはもういいです。ノルマン宮に行ってください。」
 さすがの私も別にカタコンベを愛して止まないと言うわけではないので1日に1件も回ればもう満腹。・・・ウーン、1回行けばもういいかな。でも、いろいろ考えさせられたりして良い勉強というか良い経験になりました。
でもゾンビなんていうのを想像できるというのはやっぱりミイラの文化があるからだと今回しみじみと実感した。

「なんか変なことを又考えてるでしょう?」振り向いた私の目に妖しげな光が入っていたのを彼は見逃さなかった。
「うん、あなたが死んじゃったら淋しいからミイラに加工してもらう。・・・なんていっても愛してやまないからねぇ。でもね、生活費稼がなくちゃならないから、みんなに入場料とって、見てもらおう。死んでも役に立つね。」
「冗談じゃないよ。絶対僕はミイラにならない。断じてそんなこと許さない。」
まじめな顔で本気で答える夫。・・・私を一人にするんだもの、このくらいの脅かしではまだ気持ちが落ち着かないよ。へへへへへ・・・。

 さていよいよ普通の観光の始まりだ。天気もいいし、やる気十分!ミイラを見て、生きているってことを実感した気がする。ノルマン宮はカタコンベのところからも見えるが、敷地が広く入り口が反対側でひどく歩かなくてはならないのでタクシーで正解だった。ノルマン宮は人気スポットなので団体バスからぞろぞろと観光客が降りてきて列を作っている。なんだか、観光に来たって気がしてきたぞ!

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最終更新日: 2010/08/29