失語症記念館 失語症と風景
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失語症の風景:16

時間にうるさい失語症

言語聴覚士 吉田 真由美
フリーランス

2021年03月

  私が運営する友の会は、毎月1回の例会と、年1回野外親睦会とクリスマス会をやっていました。ここ数年は台風や地震など天災が多くなり、県外に大型バスで行っていた日帰りの旅であっても万一、戻れないことを想定すると、車いすや片マヒの高齢会員が多いため、私が怖じ気づいて実施に至っていません。立ち往生した場合を考えると、トイレの問題や食事や水等考えるだけで、気が遠くなってしまうのです。でも会員達はこの野外親睦会をとても楽しみにしているため、心配ばかりしていても仕方ないかと思い始めた昨年コロナで、例会さえも半年休会になりました。

 8月にやっと例会を開けたのですが、みんな嬉しくて、再会お祝いのお土産をしょってくるので、帰りは荷物がいっぱいになりました。若いSTや学生がボランティアで参加しており、会員が持ち寄ったお土産のお菓子などを配ってくれました。
 クリスマス会は、市内のホテルでお昼時に開催します。いつもよりちょっとおしゃれしてねと、案内状に書き添えます。片マヒになると、履きやすい、動きやすい、そんな服ばかりになってしまう人が多いのですが、障害が残ってもコミュニティに戻れば親戚の結婚式に招待されたりすることも珍しくありません。麻痺のある足でホテルの絨毯の上を歩いたことがあるかどうか、この経験はとても大事です。平坦だからバリアフリーと言うわけではありません。高級な絨毯ほどふかふかで、麻痺のある足は躓きやすいのです。普段ジャージばかり着ていたら、何年も着ていない礼服はとても疲れます。そして、ジャージやスエットではなく、ちょっとオシャレな服を着たときに鏡に映った姿を見るだけで心も顔もしゃきっとする効果があるのです。こういった非日常的な外出や会食は脳にもとても良い刺激となります。
 私たちは、生まれたときから経験や知識を五感を通して脳に蓄積していきます。ですから、五感を刺激できる環境は脳のリハビリに最適です。美味しい物を食べて、飲んで、オシャレした仲間を見て、笑って、握手して、肩を抱き合って、みんなで歌って・・・全て目や耳や肌や舌や鼻から脳へ刺激がリレーされていくのです。

 何と葵の会では2年前に1年かけてシューベルトのアベマリアをラテン語でみんなで歌ったのです。新しい言葉を覚えるのは失語症者にとって並大抵ではありませんが、でもどうにか歌い終えることができました。これは会員にとっても大きな自信になりました。でも今は練習していないのでみんな歌えません。簡単に忘れてしまいました。笑
 残念なことに、昨年はみんなが楽しみにしていたクリスマス会も中止で、その代わりに例会を行いました。早く又みんなで会食したいものです。
 さて、例会は1時30分から2時間半くらい行います。順番に近況報告をして、若いST達が交代でレクリエーションや言語訓練を考えてきてくれます。閉めに季節の唱歌を歌っていましたが、これもコロナで今は自粛です。

 日本人の多くは大脳の左半球に言語野があります。失語症になるとまず遅刻する人はいません。例会の日には早い人で10時くらいに会場に来ている人もいるほどです。バス旅行などでも集合時間の10分以上前にはみんなバスに乗り込んでいて、私が5分前に到着しても「先生、遅いぞ」などと言われてしまいます。
これは左半球が損傷を受けているために右半球優位に脳が機能しているからだと言われています。こういった几帳面さは右半球の機能のようです。ですから、右損傷の高次脳機能障害者と旅をしたりするとその違いがとても良く分かります。彼らは時間にとてもルーズで、集合時間を過ぎていても、売店でお土産を探していたりすることがしょっちゅうです。こういったルール違反になってしまうような行動を社会的問題行動等と称しますが、こういう症状も、しかられたりなじられたりと社会に出てからイヤな目に何度も遭うことで、少しずつ折り合いがつけられ矯正されてきたりもします。これも又展開期と呼ぶにふさわしい流れだと思います。

 失語症者で時間に几帳面になってしまった人たちは、毎回玄関にある靴を全て片付けてしまうとか、外泊させたら、一日中絨毯に落ちている毛を探し続けていたとか、家族が困ってしまうような固執性を残す場合もあります。 
 リハビリでは、ただ機能改善を目的に介入するのではなく、何ができて、どうしたらできないことが出来るようになるかの環境調整を並行して、当事者のみならず生活を共にする人たちにも健やかに生活の質が保てるようなお手伝いが望ましいのです。リハ医学とは、生命に時間を足すのではなく、時間に命を吹き込むQOLの医学なのです。


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最終更新日:2021/03/01