失語症記念館 失語症と風景
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失語症の風景:17

接待してました

言語聴覚士 吉田 真由美
フリーランス

2021年03月

 常勤で仕事をしていた頃の私は外来で失語の患者さんをたくさん診ていました。半数以上の方は家族同伴でやってきます。ですからご家族からいろいろなお話を聞く機会がありました。

 Wさんも、「ほう!」「あはっ」程度の発話しかみられず、失語症の検査の結果は何年たってもあまり変化はありませんでした。それでも、ニコニコしながら杖をついて、病院から30キロ以上ある自宅から奥さんとバスに乗って週1回通ってきていました。
 ある日、Wさんがノートの近況を書いた文章をコピーし始めると、奥さんが話し出しました。

「いやぁ、先生、びっくりしたことがあったんだよ。こないだ、畑からお昼頃に戻ったら、この人の弟夫婦が、うちに上がってビール飲んでんの。なんだっぺ、人がいねえ時に勝手にビールなんか出して飲んでって思ったわけよ。そしたら、弟が、涙浮かべながら、こう言ったのよ。姉さん、あんちゃん、しゃべれねぇから、何にもわかんなくなっちゃったと思ってたけど、ちゃんとわかってんだなぁ。って。お土産を届けに二人できたら、この人が、畑指して私が畑に行ってると教えたらしいんだわ。そして時計指して、もうすぐ帰ってくるから上がれって招き入れたんだって。すぐ帰っからって言ったらしいんだけど、「おう!おう!」って手招きするんで上がったんだって。この人も久しぶりに会ったから嬉しかったんだっぺねぇ。

 そしてイザって、食器棚の引き出しから栓抜き出したんだって。で冷蔵庫指さして開けろって。弟の嫁が開けたら、ビール指さして持って来いって。姉さんいないときに飲むわけいかねぇって言ったら「おう!おう!」って言う目が、真剣で飲めって言ってったって。なんだか、話が良く分かって涙出ちゃってさぁって弟が泣いてんだよ。それ見て、この人は嬉しそうな顔してたんだわ。」話していた奥さんも嬉しそうでした。

 聞く、話す、読む、書くと言う言語の能力が損なわれても、他の高次脳機能が温存されていれば、意識がはっきりしていれば、言葉のわからない外人という感じでしょうか。外国人との大きな違いは、同じ国に生まれ、環境や習慣が同じなので状況判断だけでも結構慣れてくれば、意思疎通ができてくると言うことです。でも、そこには、失語症者と対面する相手の協力的姿勢と、連想力や創意工夫力などで会話の成立度合いが大きく影響されます。
 コミュニティに戻られた彼らの話を聞けることを大きなご褒美だと感謝しています。


失語症と風景
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最終更新日:2021/03/05