失語症記念館 失語症と風景
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失語症の風景:21

叱られて

言語聴覚士 吉田 真由美
フリーランス

2021年03月

 友の会に集まってくる会員の失語症の重症度やタイプは大変個性に富んでいる。誰が失語症なのかわからないくらい普通っぽい人もいるし、家族がアシストしてくれてどうにか近況報告できる人や、全く言葉が出ず、家族が代わりに話す場合もある。一見うまく話したように見えて、確認をすると内容が違っていたりすることもあるので、この確認はとても重要だ。
 又、話すことでいっぱいいっぱいの人は、人の話など耳に入らない場合もあるため、一呼吸置かせて、確認の質問をする必要もある。彼らの近況報告を、参加者全体で共有するためには、ホワイトボードにキーワードを提示したり、伝えたい内容をわかりやすい言葉に置き換えて、言い直したりというサポートも必要になってくる。これらは言語聴覚士が行えば良いのだが、誰でもスムーズにサポートできるわけではなく熟練を要する。学生ボランティアや新人STでは、会員達の持っている語彙数よりもずっとその数が低いし、生活環境の枠も狭いため結構大変なのだ。言葉も感性も経験値も年輪で成長度合いが大分ちがってくる。

 一昨年のTさんの近況報告。
「この間、歯が変で、歯医者に行ったんだけど、うまく伝わらなくて、話がこんなだから、あーでもない、こーでもないって・・・。そしたら、ふざけるなって、怒られっちゃって。忙しいんだから、いい加減にしろって。もう帰れって言われて、で、帰ってきたの。」と、しょんぼりとしながらも照れ笑いを浮かべた。
近所の歯科医だったが、初めての受診だったので奥さんも同伴したが、診療室には入らなかったそうだ。
Tさんは、麻痺も無く見た目は普通。目標語は出にくいが、短文レベルで話せるし、流暢性は保たれている。しかし、耳の理解はあまり良くないため、できれば文字を見せてもらった方が理解しやすいタイプだ。きっと矢継ぎ早に質問されて混乱して訳がわからなくなってしまったのだろう。
 私は、彼が歩いて行ける距離にある友人の歯科医を紹介した。彼は茨城8020運動のリーダー的役割も果たした人で、長い付き合いをさせていただいている尊敬できる歯科医師である。そして、初診の時は必ず奥さんが同伴し、受付に失語症があること、質問事項はわかりやすい短文で紙に書いて欲しいこと、慌てると混乱しやすいこと、できればどの歯が、もしくはどの当たりが変か、事前にわかれば、その内容を伝えるように話した。

 それから数ヶ月が過ぎた頃、Tさんの奥さんから報告が来た。
「先生、ありがとうございました。無事、治療も終わり、今は健診に3ヶ月に一回行くようになりました。2回目からは、奥さんは来なくても大丈夫と言われ、お父さんも、一人で安心して通えました。ちゃんと先生も衛生士さんも必要な事を文字で示してくれてお父さんもわかったよと言ってました。どんな治療をしたかも、わかるように書いてくれて持たせてくれたんです。みんな親切にしてくれて、本当にありがとうございました。」
「これこれ!」と大きな口をあいて、Tさんが治療した歯を見せてくれました。

ほんの少しの環境調整で生活の質を保つことができます。

ちなみに8020運動とは、80歳になったときに口の中に歯が20本あるのを目標にした歯科予防運動です。

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最終更新日:2021/03/22