失語症記念館
南イタリアの旅

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34.チルクム・ヴェスビアーナに乗って

2002年 12月:

 ナポリ駅も決して治安は良くないけれど今体験したばかりの地下鉄の閉ざされた恐怖感から解放された2人にとっては、懐かしく、そして輝く場所に感じられる。ジプシーにでさえ、親しみを持ってしまう。
 さぁ、ソレントへ帰ろう。私達が泊まっている町ソレントとはあの有名な曲『ソレントへ帰れ』の、あのソレントである。美しい港町である。
「ソレントは安全だから」そう何回も夫が言うのを聞いているためか、ソレントという言葉を聞いただけで安心な気分になってしまうパブロフのまゆみである。
 さて帰りもチルクム・ヴェスビアーナ線の電車に乗ってゆっくり1時間の旅を楽しもう。チルクムとは英語でいえばサークルのことである。ヴェスービオ火山でも見ながら疲れた足を癒そうじゃないか。
 この線の電車の椅子は本当に質素で、すぐにお尻が痛くなる。日本でいう田舎の鈍行電車そのものだ。そしてイタリア人はけたたましい。だから車内もけたたましい。中学生くらいの男の子が4人もいたら完全な騒音を生み出すといっても過言ではない。上方漫才さえも負けるんじゃないかな。イタリア語は音楽的な言語であるが、騒音にもすぐになり代われる言語でもある。
 最初は混んでいたので、立っていたが、幾つかの駅を通り過ぎたとき、目の前の人が降りたので、そこに座った。2人掛けの対面式の椅子であった。私の目の前に座っていたのはイタリア人のみすぼらしい格好をした男の子と女の子だった。イタリアの子供はみんな目が子鹿のようにクリッとしていて、いつどこで見ても可愛い。姉の方はたぶん小学校高学年、弟は低学年くらいであろう。膝の上にのっている荷物はどちらも衣服のようだ。よく見ればそれも古着としか思えないTシャツやスカート、ズボンなどがそれぞれ透明のビニール袋に入っている。たぶんバザールか何かで買ってきたのだろう。
 私がじっと見ていたせいなのか、姉が何か弟に耳打ちすると2人とも怯えた目つきで私を見ながら、膝の上の荷物を大事そうにぎゅっと抱きしめたのだ。
まゆみ・・・ショック!君たちの目はジプシーに寄られたときに私がするであろう目つきだよ!あんた達にとって私はジプシーかい?
 この子達は自分の荷物をこの見たこともない外人の女に取られたらたまらんと怯えたのだ。ある意味、私は怪しく見えるのだろうか。
「ちょっと、怯えてるよ、この子達。それも私を見てダヨ。」
「そりゃあ、怯えるだろう。こわいもん、まゆみさんは。・・・いてっ!」
蹴られた足を押さえながら夫が子供達に照れた笑いを送った。・・・怯えている・・・。どうやら後ろの席に両親が座っているようだ。後ろに向かって女の子がなにか母親に耳打ちした。彼女たちの両親が私達の方をちらりと見て「ジャッポネーゼ(日本人)じゃないの?大丈夫だよ」みたいなことを囁いた。大丈夫だよ、あんた達のその古着なんて全然欲しくないんだから。そう言いたかった。・・・ああ、こんな事ならもっとイタリア語勉強しておけば良かった。
 でもここで終わらせないぞ。これ以上怯えさせても仕方がないし、日本人に対していやな感情を持たれてはいけない、ここは国際交流だとまゆみ奮闘することに。おもむろにポケットから千代紙を出してせっせと折り鶴を折った。子供達は興味津々である。折り鶴と風船を折って一つずつ手に載せてあげた。やっと笑った子供達。もらっても良いのというジェスチャーに頷く私。
「バイバイ」ちょっと緊張しながらも笑顔で子供達は大切な古着を抱えて両親と一緒に小さな駅で降りていった。
「バイバイ、バンビーノ!」
しかしまいった、この私を盗人と間違えるなんて、なんて田舎者のガキンチョでしょう。
「何でこの私が危ないと思われたのかなぁ。」
「見慣れないからじゃないの・・・日本人を」
ああ、そうね。みんな彫りの深い顔してる人ばかりだものね。私のように平面的な顔は、そう確かにこんな田舎では余りお目にかからないであろうよ。でも顔で判断しちゃいけないよ。プンプン。
「あの子たちは今日の出来事を明日学校のお友達になんて話すのだろうね。『日本人て初めて見たよ、ビックリだったよ。』なんて言うのだろうか?ああ、まずい、平面的な顔ばかりが日本人ではないと言うことも教えておけば良かった。でも今の私のイタリア語ではとても言えないわ、もっとイタリア語勉強しなければね。」
「またバカなこと言ってる。でもあの古着を大切そうに抱えて可愛かったね。」
窓の外にはヴェスービオ火山がデーンと見えていた。

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最終更新日: 2002/12/20