2001年11月: 6/15頁 |
、裁判所の運転免許交付係でボランティアをしたことがあって、書類整理ができ
るのよ」と言いました。すると、クララは、「この病院でボラティアをしたらどうか」と言ってくれました。おかげで今は、コロラド大学医学部附属病院の診療記録係で働いています。
|
ことばを話さないでうまくやっていく方法
大学のスピーチクリニックに行って、他の失語症の方たちに会いました。その中には意思を伝えるために私のように文字を書く方もいらっしゃいましたが、文字の省略が多く、単語の先頭のアルファベットだけを書くことがよく見られました。私の場合、時々、単語が途中で真中から消えてしまうように思えるのですが、きっと他の人もそうなのだろうと思います。始めは言いたいことが頭の中に見えます、でも書こうとするとわからなくなるのです。それでも会話をしている時に、ほんの少しでも文字を書くと、他の人は私が言いたいことを大体わかってくれます。
喉頭炎に関して聞いたことがあるのですが、「喉頭炎がやっかいなのは、病気の間は声が出ないので、回復するまで喉頭炎だとういうことを人に言うことができない」ことだそうです。失語症もその通りです。
|
いろいろな思い
|
罪悪感
脳卒中になった後、二、三年間は、夫に対する罪悪感に苦しみ、そのためにカウンセラーのところに通いました。夫は、私が脳卒中になるまでは一度も料理をしたことがないし、洗濯だってしたことがなかったのに、今では全部しなくてはならなくなったのです。彼は、私が倒れる一年前に定年になったばかりでした。退職したら、二人で旅行やいろんなことをしようと計画していました。でも、私のせいでそれができなくなってしまったのです。医者は、あなたが悪いわけではない、と言ってくれましたが、そうは思えませんでした。私、悪くない<シャーリー談>と言えるようになるのに、丸一年かかりました。
家族は、失語症になった人が悪いのではないことを理解すべきですが、同時にすべてが変わったのだということも知らなくてはいけません。
|
私も変わったけれども人も変わったことを感じる
娘のエレンが、孫のサムがまだ小さい頃に私の病気のことを説明しようとしていたのを覚えています。サムは「おばあちゃんどうしちゃったの?」と母親のエレンに尋ねましたが、サムが知りたかったのは私の病気のことでも、私の手やことばのことでもありませんでした。彼が知りたかったのは、
|