2001年11月: 7/15頁 |
私がどうしてそれまでのように忙しく走り回って、いろいろなことをきちんと片付けてしまい、私の自宅のあるニューヨークに急いで戻らないのかということだったのです。病気になる前、サムの兄や姉の宿題を見てやる時の私は、とても厳しいおばあちゃんで、こら!よく考えなさい!<シャーリー談>と二人を叱ったものでした。病気になってすっかり様子が変わってしまった私のことを、娘のエレンは「おばあちゃんは、前は、お兄ちゃんやお姉ちゃんに、よく考えなさいと言っていたけれど、今は、おばあちゃんがとても難しいこと<シャーリー書>を、よく考えているのよ」と言いました。
私が脳卒中になってずいぶんたってから、二人で話している時に娘のエレンが「ママ、今のほうがずっとすてきよ」と言いました。私の頭違うので、私も違います<シャーリー談>。私は、性格が変わりました。以前のような完璧主義者ではなくなり、精力的に走り回ることもなくなりました。
倒れてから三日間は、全く話すことができませんでしたし、その間の記憶はありません。記憶を喪失していたのです。このことは退院してからもいろいろと問題となり、大変でした。夫のことは見分けがついたのですが、今までとはどこか違って見えました。
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家族からの支援
神が導いてくださる<シャーリー談>と感じています。私を支えてくれる人の輪を見て下さい。娘のエレンは聾教育に携わっていますし、もう一人の娘のサンディーは言語聴覚士の教育を受けましたが、今は神経心理学者として働いています。私は本当に幸せ者です。(集中治療室から出た)最初の日なので、サンディーここ。サンディー一日話す。ママ、話せる。今すぐじゃない、きっと話せる。最初の日、どうやって話すのか教えてくれる人が(来て)くれる<シャーリー談>。
娘のサンディーは、倒れた直後からすぐに言語訓練を始めるようにと主張しました。医者は「後で」と言いましたが、サンディーは「今すぐ、後じゃない、今、今すぐ」と言いました<シャーリー談>。初めの担当言語聴覚士はリサでした。私は彼女のことが、本当に大好きです。
家族がいると、言語の回復が早いことが分かりました。それで、娘のエレンやエレンの夫のブルース、それに孫たちがいる所に引っ越すことにしました。ボルダ−に引っ越してからは、おかげさまで娘や婿や孫たちは私のことをおばあちゃんとして受け入れてくれますし、面倒をみてくれます。エレンはいろいろな人に声をかけて、私を助けてくれる人を探してくれました。
エレン買い物メモ書く、買い物する、料理する。分かるでしょう。それで全部<シャーリー談>。 |
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