2001年11月: 9/15頁 |
テレビから学ぶこと
病気の前はジェパディーというクイズ番組をよく見ていましたが、病気になってから問題文を読むことができなくなりました。私は泣く、毎日言いました、しなくちゃ、しなくちゃ。週に5日。私は学ぶ。それ大変、とても大変。一ヶ月ではない。何年も。人生変わる、ABCから学び、考えなくてはいけない。多分3年間くらいたって、かなり回復しました。ご存知でしょう。何かの言い回し、人、物。何かの言い回しは難しい、本当に難しい<シャーリー談>。ジェパディーのようなクイズ番組を見ることがことばの回復に役立ったと思います。
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恐いこと
エイブがキワニスクラブ(実業、知的職業界の人々の理想を広めるために1915年に米国の
デトロイトで設立された民間奉仕団体)の会合に出かけて一人になると、不安になりました。いろいろなことを考えてしまうのです−火事になって逃げられなかったらどうしよう、などと。それで孫のシェリーやアダムがよく留守番に来てくれました。
ある日、エイブがキワニスクラブに出かけました。私は一人ぼっちで家にいました<シャーリー談>。その時ドアノブが回るのが見えたのです。怖くて怖くてたまりませんでした。でも私が警察に電話したって誰が私の話すことを分かってくれるでしょう。それで娘のエレンに電話しました。でも彼女は出かけていて、孫のアダムが電話に出ました。誰かみたいなの、ドア、怖いわ!<シャーリー談>彼はすぐに野球のバットを持って自転車ですっとんで来てくれました。でもドアノブを回していたのは、こそ泥じゃなかったのです。二人の女の子が迷子の猫を探していただけだったのです。
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「病人」であることを過ぎて
脳卒中で倒れてから、みんなが私の世話をしてくれました。そして私は退院した、私は思った、誰かが私の面倒をみてくれる、同じこと。私は<シャーリー談>自分勝手<シャーリー書>だったのです。
五、六年前に突然、自分がどんな振る舞いをしてきたかに気が付きました。担当の言語聴覚士のクララに言います、「エイブ、傷ついてない?」と私は一度も聞いたことがないわ<シャーリー談>。何年間も他の人の気持ちを、その人の身になって考えるのを忘れていました。
家族にとって失語症者の世話をするということは、本当に大変なことです。 |