失語症記念館
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 入院されてから、ちょうど1年、病気になってから1年7ヶ月目の待ちに待った退院であった。
 『おめでとう、Yさん。今まで十分働いてきたのだから、余生は自分の好きなことに時間を費やして楽しい毎日を送ってください。』ノートにそう書いてお別れした。


 Yさんが再入院してきたのは退院してから20日目のことだった。
「先生、Yさんにお会いになりますか?」
「えっ?Yさん外来に来てくれたの?」
「あれっ?先生、まだ知らなかった?Yさん3日前に入院してきたんです。」
「えっ?せっかく帰ったのに、てんかん発作でも起こしたの?」
看護婦がそばに寄ってきて耳元でささやいた。
「首しめられちゃったんですよ。」
「だれが?」
「Yさんです。」
「だれに?」
「奥さんにです。」
一瞬本当に眩暈がした。全てを理解するまでに時間を要した。私はどんな顔をしていたのだろうか?半分笑い顔だったかもしれない。Yさんと奥さんの顔が頭の中をぐるぐる回っていた。
かいつまんで、看護婦がその経緯について話してくれた。
「外来終わったら、会いますか?」
「そうですね。声かけといてください。時間は・・・みんなが終わった後が良いですね。」


 その日診る予定の患者さん達が全て終わったときに、Yさんは、静かに言語室にやってきた。
「Yさん、又戻って来ちゃったんだあ。せっかく帰れたのにねぇ。」Yさんが神妙な顔で頭を下げた。彼の首には包帯が巻かれていた。
「Yさーん、大変だったねぇ。・・・」私の声が少しふるえ始めたのに気が付いたのか、Yさんは少し笑って左手でその包帯をほどき始めた。まるでペンで書いたかのような幅5,6ミリの赤紫の線が首の回りに張り付いていた。どのくらいの力で絞めたらこんな鮮やかな線が付くのだろうか。彼の首のその線を手でさわったら、涙がぽろぽろこぼれてしまった。
「ごめんね、Yさん。泣きたいのはYさんの方だよねぇ。」
Yさんは途中少し涙をこぼしはしたものの比較的落ち着いてその時の様子を話してくれた。
 その出来事は、退院当初は自宅に息子が交代して泊まっていたが、慣れてきたので自分たちの家に帰ってから間もなくの、ちょうど退院してから17日目の明け方に起こった。

その6
その6

失語症と風景
失語症と風景

その8
その8


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最終更新日: 2001/07/15