失語症記念館 失語症と風景
Copyright (c) 2004 by author,Allrights reserved

失語症の風景:11-2

沖縄大会:  大会当日

言語聴覚士 吉田 真由美
水戸医療センター

2005年06月

 懇親会会場であるラグナガーデンホテルはさすがリゾート県沖縄と言うだけあり、朝食も大変美味しかった。水戸から参加の可愛いST三人娘は、大会のあとちゃっかりとエステまで楽しんだらしい。大会前ならばエステ効果で茨城ブースはもっと輝いたはずなのに、ちょっと残念。

 朝食を食べていたレストランで、茨城から同行したIさんご夫婦を見つけた。「Iさん、お早う!疲れませんでしたか?」と声をかけたら、満面の笑みに両手を大きく叩いて元気いっぱいだよーって感じの挨拶を返してくれた。

「Iさん、今日大会が終わったら、みんなで琉球居酒屋へ行こうって言うのですが、どうします。」もちろん、即座に言葉ではなく態度で行く行くサインを出したIさんだった。Iさんは今回の私達のグループで唯一車椅子で参加。Iさんに関しては番外編でご紹介の予定。

 私達が会場に向かう頃には雨雲の隙間から太陽の光が射し込みだした。やっぱり沖縄の神様が、雲の隙間から私達を眺めているに違いない。会場に向かって歩いていると同じTシャツに身を包んだニコニコ顔のボランティアがそこここにいっぱい。みんながみんな明るい声で挨拶してくれる。心の中に暖かいものが満ちあふれてくる。この日私は「お早うございます。ご苦労様」という言葉を何回言ったことだろう。

 開会前だというのにすでに沢山の人が会場入りしていた。みんななんて早起きなのでしょう。会場中がニコニコワクワクしている。その大きな波の中にいると、自分まで知らないうちにニコニコしてしまう。これがこの大会の醍醐味だ。私達の気持ちとは裏腹に舞台の上は緊張感がみなぎっていた。はじまるぞーっ!始まるぞーってね!
ゆんたく合唱団の歌声に始まったこの大会は、音楽と踊りと鮮やかな色彩に彩られ、それはもう沖縄三昧の大会だった。琉球大学教授の高嶺先生の講演は、障害と言うものや、障害を持つ人に対する世間の捉え方というものを大変わかりやすく説明していただき、頷きながら聞くとともに、頭の中がが整理され、新たな視野が拡大できたように思う。

 あっという間に午前中のプログラムが終わると、私は連合会の理事会と総会にちょっと顔を出さねばならず、はたまたメール友の会の顔あわせと忙しい時間を送ることになった。遅れて参加したメール友の会は最初、茨城と広島の交流会といった感じで寂しかったが時間の経過と共に1人2人と集まり始め、あっという間にいつもの同じくらいの人数が集合。浅野さんが始めから終わりまで気を配り、話を進め、頑張って下さった。集合写真に収まらなかった会員の方々、本当に残念でした。沖縄美人のこれまた笑顔が可愛い今大会メール顔あわせの世話役、与座STが、ちんすこうとさんぴん茶をご馳走してくれた。吉田はこのさんぴん茶が大好きです。

 この顔あわせで、広島の吉本真由美さんに会えた。私の名前と一字違いのお名前でいつもメールでドキッとさせられているお方だ。さわやかな笑顔美人の吉本さんは最愛のご主人と一緒。広島は3カップルも参加されていた。みんなご主人が患者さんだそうだが、こういう笑顔の素敵な奥さんのご主人は必ず良くなっていくものだ。私はこの効果をビタミンI(愛)効果と呼んでいる。

 そうだ、最後に次回開催地からのメッセージを舞台に上がってやらねばならない。何も準備していない。焦る吉田は、急いで脚本を書いた。あと2時間もないのに突然、しかも失語症なのに、エールを舞台でやれといわれたSさんは、文句を言う隙も与えられず、助さんの台詞を言えといわれた可愛いSTは目に涙を浮かべながら、残り少ない時間を台詞覚えに費やすこととなった。「先生、水戸黄門は誰も出来ませんよ!そんなに急にはちゃんとしゃべれません!」水戸黄門を押しつけられそうだと思ったメンバーが声を揃えて抗議する。

「うにゃ、私がやるのか?」全員が深く頷く。くうううっ!今他の子が脱いだばかりの汗ばんだ水戸黄門衣装をいやいや着付ける吉田。

 「何であんた達が汗で着古した着物を私が着なけりゃならんのだ!」ブツブツ、ボソボソ・・・。でも着始めたら俄然黄門さまの気分になるから不思議。やっぱり髭だけじゃダメでしょう。眉毛もねって事で、眉毛にも白綿を付けてみた。「うーむ、いい感じ」ここまでやると誰も私だと気が付かないから、ちょっぴりいい気分。

 「ほっほっほっほっほ、そこのあなた方、そう遠慮することはない。ちこう寄れ」なんて言っている場合ではなかった。来年水戸に来てくださいってアピールをしないと。この間にも茨城のポスターの準備やバンダナをどう販売するかでみんな大騒ぎ。
本当に準備の悪い茨城県。いいえ、これに関しては全て私吉田の責任です。しかし、さてさて・・・このあと茨城のアピールはどうなったのか。
乞う御期待!!!    つづく

その1
その1

失語症と風景
失語症の風景

その3
その3


Copyright © 2002 後藤卓也.All rights reserved.
最終更新日: 2004/01/10