失語症記念館
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 「Yさん、泣いてるね?・・・泣くほど悲しいんだねえ。・・・はなし・・・はなしを・・・わかる?・・・話を聞くから言語室おいでよ。心配してるんだよう。心配してるの。・・・吉田も心配してるよ。国立・・・来れるかなぁ?」
 「おうおう・・・おう」
 「国立病院、オッケーかなあ?」
 「おうおう」
 「え?来られない?だめかなあ?」
 「ああっ、ああん、」
 「大丈夫?」
 「おうおう」
自分の言葉の合間あいまに聞こえる彼女の嗚咽に涙がこぼれそうになったが、どうにか病院に来る約束を取り付けて、電話を切ることができた。話を聞くから病院へいらっしゃいよ・・・これだけを伝えるためにたいそう時間がかかった。でも、これから彼女の気持ちを聞き出して、その一つ一つを解決するための説明の方がもっと時間がかかるのだ。約束は二日後の仕事終了後の時間外。
その前に本当に来てくれるかどうかの方が気掛かりであった。  
 二日後の夕方、疲れた様子ではあったが約束通りYさんは言語室の前のベンチに座っていた。電話の内容はきちんと伝わっていたようだ。
 診療室に入ってきた彼女の目には神経質な光が宿っていて今までの彼女の表情とは明らかに違っている。病識や状況認識がしっかりと戻ったのだ。この二日間は、夜中に仏壇の前で何か唱えていたり、外に飛び出そうとしたり相変わらず不安定であったという。
 「死にたかったんだぁ。つらかったんだねぇ。可愛そうに、Yさん。でも、雨に打たれて寒かったでしょう?」そう言って私が彼女の両手をなでるとYさんはボロボロ涙をこぼして
 「おおおう、おおおう・・・」と声を上げて泣き出した。
 「生きて良かったね。死んだら困るよー。やっとここまで良くなったんだよ。」
ひとしきり泣くのを待って静かに声をかけた。
 ノートに漢字単語や絵を描きながら、それらから根気よくイエスノー反応を取っていく。ノート1ページには2単語から3単語しか提示できない。
 Yさんは、全く言葉が話せなくなっていることに突然気が付きとてもうろたえたという。そして今まで読めていると思っていた文字が全然分からないことにも気づいた。言いたいことが伝えられない自分が、バカになってしまったように思えみんなにバカにされているような気分になって絶望感でいっぱいになって死にたくなったらしい。自分がいなくても家は大丈夫だというようなことも訴えた。家族の話では、退院してから、又病気になってはと、野良仕事もほとんどさせなかったという。

その2
その2

失語症と風景
失語症と風景

その4
その4


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最終更新日: 2001/11/11